不妊症の診療についての診療実績も開示しています。よくご覧いただき、ご夫婦でのご来院をお待ちしています。

1. 不妊症とは

滋賀医科大学産科学婦人科学講座では1996年より体外受精を開始し、以降、多くの実績を積み上げてきました。持病のある方、手術が必要な方、他の診療科との併行した治療が必要な方にも積極的に治療を行っています。不妊治療だけではなく、癌と診断された若年者の妊孕性温存療法、あるいは良性疾患でも今後妊孕性が低下する可能性がある方の妊孕性温存療法も行っています。
不妊治療には様々な方法があります。各々のカップルにとって最善の治療法をカンファレンスで検討しています。一組でも多くのカップルに赤ちゃんを授かっていただけるよう、日々努力しています。

妊娠を希望している健康な男女が避妊をせずに性交をしているにもかかわらず、一定期間(一般的に一年間とされています)妊娠しないものをいいます。女性は加齢とともに妊娠率が低下することが報告されています。女性の妊娠しやすさは20歳代をピークとして、30歳代半ばにかけては緩やかに低下しますが、35歳以降は急速に低下します。そのため、女性の年齢が高かったり(35歳以上)、あるいは卵管や子宮に対する手術の経験があったりする場合には、早期の検査・治療の開始が望ましいと思われます。
不妊症の原因には以下のようなものがあります。

2. 不妊症の原因

女性の不妊症原因には、年齢の要因、排卵障害、卵管の疾患、子宮の疾患、子宮内膜症の存在、免疫異常などの因子があげられ、 男性の不妊症原因には造精機能障害、精路通過障害、性機能障害などの因子があげられます。これらの不妊原因を調べて、その原因に沿った治療を行いますが、原因不明の場合も少なくありません。

3. 一般不妊治療

不妊の原因検索を行った上で、タイミング法、人工授精を行っています。

・タイミング法
排卵日を診断して性交のタイミングを合わせる治療です。排卵予定日数日前に経腟超音波検査により、卵胞の大きさを測定します。卵胞の直径と子宮内膜の厚さから排卵日を推定します。状況により排卵誘発剤を使用します。
・人工授精
用手的に採取した精液から運動している成熟精子だけを洗浄・回収して、排卵期に細いカテーテルで子宮内に注入して妊娠を試みる方法です。

4. 手術療法

子宮筋腫、子宮内膜症、卵管水腫、卵管周囲癒着などは、不妊症の原因となり手術療法が有効な場合があります。術前にMRIで評価を行い、卵巣機能も評価した上で手術が有効と判断した場合には、腹腔鏡や子宮鏡を用いて治療しています。体外受精による採卵を先行する方がよい場合は、採卵を先に行い、受精卵を凍結し、その後に手術を施行することがあります。

5. 体外受精胚移植

体外受精には、大きく分けて5つの段階があります。

①排卵誘発

排卵は視床下部や下垂体前葉からのホルモン分泌により調整されており、通常の月経周期では、成熟した卵子は1回の月経周期で1個です。しかし、体外受精胚移植では、排卵誘発剤を投与し卵巣を刺激する事で、成熟した卵子を複数育てます。これにより質の良い卵子を獲得する可能性を高めます。卵巣刺激には、FSH/LHなどの下垂体前葉ホルモンを含む注射薬(hMG製剤・精製FSH製剤・遺伝子組換型FSH製剤)や、下垂体からのFSH/LHの分泌を促す内服薬(クロミフェンクエン酸塩製剤、レトロゾールなど)などを用いて卵胞を育てます。また、発育途中で卵子が排卵してしまう事を抑えるために、視床下部に作用するGnRHアゴニスト、GnRHアンタゴニストや黄体ホルモン製剤を併用し、卵胞が十分に育つまで観察を続けます。さらに、卵胞が充分に発育した時点でHCG注射やGnRHアゴニスト点鼻薬などにより排卵を促し成熟させ、実際に排卵が起きる直前に採卵し卵子を回収します。 卵巣の刺激方法には、使用する薬剤の種類や投与法によりPPOS法(黄体ホルモン併用卵巣刺激法)、アゴニスト法(ロング法・ショート法)やアンタゴニスト法、クロミッド法、黄体期採卵などの方法がありますが、卵巣機能や合併症などを考慮した上でもっとも適した方法を選択します。排卵誘発中には卵胞の発育を観察するために、外来での超音波検査・採血によるモニタリングが必要となります。

②採卵

経腟超音波検査で卵胞を観察しながら、静脈麻酔(点滴で鎮静剤や痛み止めを使用して、眠っている状態にする麻酔)や局所麻酔(腟の中に局所麻酔を注射して痛みをとる方法)を使用した上で、細い針で卵巣を刺し卵胞液を吸引し、その中にある卵子を採取します。経腟的な採卵が困難な場合は、お腹の上から採卵をする場合もあります。採卵は、日帰り入院で行っております。

③体外受精

採卵で回収した卵子は、精子と受精させ胚へと育てます。採卵当日に精子を持参して頂きます(場合によってはメンズルームで精子を採取して頂くことや、凍結精子を使用する場合もあります)。受精の方法は主に、媒精と顕微授精の2つがあります。

・媒精
調整した精子を卵子の入った培養液にふりかけ、受精を待ちます。
・顕微授精(intracytoplasmic sperm injection; ICSI)
媒精では受精率が悪い、受精障害がある、受精できないほどの極度の精子減少症がある、あるいは当日の精子所見が悪く媒精では受精が望めない場合などに用いられる方法です。受精卵を得るために卵子を顕微鏡で観察しつつ、精子を卵子の細胞質内に注入します。媒精と顕微授精とを比較した場合、現時点では出生児への悪影響を認めたという明らかな報告はありません。ただ、男性不妊が次世代へ伝播するなどのリスクの可能性は考えられます。
・受精障害に対するカルシウムイオノフォア法
卵子に侵入した精子の卵活性化物質が卵子内に拡散し、卵細胞内のCaイオン濃度が上昇する事で受精が始まります。しかし、卵活性化物質を持っていない精子の場合、卵子に侵入しても受精は起こらず、たとえ顕微授精を施行したとしても受精が起こらないことがあります。Caイオノフォアとは、強制的に卵細胞内のCaイオン濃度を上昇させる働きがある薬剤の事で、このような受精障害の症例に対し、Caイオノフォアを用いて強制的に卵子のCaイオンを上昇させる事で人為的に受精を起こさせる事をCaイオノフォア法と言います。

④胚凍結

新鮮胚移植を施行しない場合、受精し分割した胚を凍結します。胚は時期により初期胚(受精後2-3日目の胚)と胚盤胞(受精後5-6日目の胚)に分けられ、可能であれば胚盤胞凍結を行っていますが、これまでの治療歴、病態などを考慮して決定いたします。また、胚凍結保存の期限は採卵から1年間となっており、凍結期限の延長を希望される場合は、外来を受診の上で更新の手続きが必要となります。なお、凍結保管期限は50歳の誕生日前日までです。

⑤胚移植

初期胚あるいは胚盤胞を、経腹または経腟的に超音波検査で確認しながら、子宮に細いカテーテルを挿入して子宮内に移植します。胚をひとつだけ移植する単一胚移植が基本です。
新鮮胚移植の場合は、採卵の周期に胚移植を行います。
凍結融解胚移植の場合は、胚が着床できるよう、子宮内膜の状態・厚さを卵胞ホルモン(エストロゲン)、黄体ホルモン(プロゲステロン)という二種類の卵巣ホルモンで調節する「ホルモン補充周期」による胚移植を行っています。卵巣ホルモンの投与には、貼布剤や内服薬、腟座薬によってホルモン剤などの種類があります。

・Assisted Hatching(孵化促進法)
通常、胚盤胞まで発育した胚は拡張していく過程で透明帯を破って脱出し、子宮内膜に着床することで妊娠が成立します。しかし、年齢因子や体外受精における凍結処理をすることにより透明帯が固くなってしまうことがあり、それによる孵化失敗を防ぐために凍結胚移植の前にAHAが行われています。AHAに関しては考案から20年以上経った現在でも、有効性についての議論の決着は見られていません。全ての症例に有効という訳ではないものの当院では反復不成功例や凍結胚移植に関して施行しています。

6. 当院で施行している先進医療

先進医療とは、厚生労働省が認める高度な医療技術・治療方法のうち、一定基準の有効性・安全性を満たした自由診療の治療を指します。日本の医療制度においては、一定の有効性・安全性が認められた治療のみ保険適用となり、保険診療と自由診療を同じ周期の治療で行う混合診療は禁止されています。しかし、自由診療が先進医療として認められた医療技術であれば、保険診療との併用が可能です。

①ヒアルロン酸を用いた生理学的精子選択術(PICSI法)

これまで、卵子の表面はヒアルロン酸に覆われていて、成熟した精子はヒアルロン酸への結合能力が高いと指摘されており、精子の成熟度が高いほどDNAダメージを受けにくいことが諸研究から明らかになっています。PICSI(Physiological, hyaluronan-selected intracytoplasmic sperm injection)は、こうした特性を利用し、ヒアルロン酸が含まれたプレートに精子を入れて、ヒアルロン酸と結合した精子を選択して、顕微授精(ICSI)を行う、新しいICSIとして近年注目されています。

②強拡大顕微鏡による形態良好精子の選別法(IMSI法)

強拡大顕微鏡により形態良好精子の選別をして顕微授精(ICSI)を行う方法のことです。
通常の顕微授精(ICSI)は400倍に拡大して精子を観察しますが、IMSIでは専用のレンズを使用することで1000倍という高倍率で精子の観察・選別を行います。そのため、より詳細に精子の形態を選別することができ、より良い1個を選択することができます。

③二段階胚移植法

着床の成立には、子宮が胚を受け入れる環境を整えなければいけません。環境を整えるために、胚が受精から胚盤胞までの成長過程に発する伝達物質(シグナル)が関与していることが分かっています。分割期胚(初期胚)を胚盤胞移植に先だって移植することで自然妊娠と同じように子宮内膜の環境を整えた後、胚盤胞を移植する方法です。滋賀医科大学が1999年に考案した本学オリジナルの方法で、妊娠率の向上に寄与しましたが、合計2個の胚を移植するため、多胎のリスクがあり、現在は対象となる方に制限があります。

④子宮内膜刺激法(SEET法)

SEET法は、前項の二段階胚移植から発展したもので、胚を育てた培養液を胚盤胞移植に先だって子宮内に注入して子宮内膜の環境を整える方法です。培養液中に胚から分泌されたシグナル物質を子宮に届けることで、着床しやすい子宮環境を作り出し、妊娠率の向上を促進する技術で多胎のリスクを減少できます。

⑤子宮内膜受容能検査(ERA)法

受精卵(胚)の着床に対して、子宮内膜の受け入れ準備がもっとも整った時を選んで、胚移植することを目的とした検査です。子宮内膜が胚を受け入れる時期を「着床の窓」といいます。子宮内膜組織を採取し、236個の発現遺伝子を解析します。子宮内膜の着床能を遺伝子レベルで解析することで、ひとりひとりの着床ウィンドウを特定することができます。個人によってそれぞれにわずかに違う着床ウィンドウを特定して胚移植することで、妊娠成功率は高くなります。

⑥子宮内膜擦過術(内膜スクラッチ法)

内膜スクラッチとは、着床の前にわざと子宮内膜に小さな傷をつける方法です。傷をつけると、内膜は修復の過程でインターロイキンなどのサイトカインを分泌します。これらのサイトカインは傷を修復するために分泌されるのですが、胚が着床する環境でも同様の因子が分泌され、着床の促進と免疫応答の正常化が多くの論文で報告されています。そこで、子宮内膜に傷をつけることで着床しやすい子宮環境を作りだす方法を内膜スクラッチといいます。

⑦タイムラプス撮像法による受精卵・胚培養

従来は培養士がインキュベーターの中の胚を取り出して胚の評価を行っていました。インキュベーターの内外では温度も酸素、二酸化炭素、窒素の濃度も全く違う環境にさらされる為、胚には大きなストレスがかかるため、観察時間は最小限に抑える必要があり、動態的な胚の評価は限られていました。そのような状況の解決策として開発されたのがタイムラプスシステムです。タイムラプスシステムはインキュベーターの中に内臓カメラと顕微鏡を備え、一定時間毎に胚の画像を撮影し、それをパラパラ漫画のように見る技術です。これによりインキュベーターから胚を取り出さずに胚を観察することが可能となり、1~6日間に渡って個々の胚の成長の動態を観察し、異常な分割胚を選別し、妊娠する可能性のより高い胚を識別することが可能となることが期待されています。

⑧着床前検査(PGT)について

着床前遺伝学的検査PGTとは受精卵の段階で染色体や遺伝子の検査を行うことです。着床の不成功や流産の多くは染色体単位での数の過不足、または染色体の部分的な過不足が原因です。染色体の数の異常を検出するPGT-A を実施することにより、妊娠率が高く、流産率が低い胚を選択できる可能性があります。 移植を推奨できる胚が得られた場合には、着床率や妊娠継続率、ひいては出産率の向上が期待できます。

7. 無精子症に対する精巣内精子採取術(Testicular Sperm Extraction; TESE)

男性不妊の場合の特殊技術に、精巣内精子採取術(TESE)という方法があります。
射精した精液中に精子を認めない無精子症の場合に、精巣の組織から直接、精子を採取する方法です。麻酔をかけて精巣に非常に小さい切開を加え、組織を採取します。精巣への侵襲が少なく、造精機能が保たれている場合は高い確率で精子を採取できます。切開した精巣を拡大鏡で見ると、精子がいる部分は白く見えます。拡大鏡で見ながら組織をとる方法をMicro TESEと呼びます。当院では、回収した組織を凍結し、採卵の日に融解して顕微授精を施行しています。

8. 不育症

不育症の4大原因は抗リン脂質抗体症候群、先天性子宮形態異常、カップルの染色体異常、胎児染色体異数性(数の異常)です。適切な原因検索と最新の研究結果などをもとに治療を行い、また必要に応じて遺伝カウンセリングを受けていただきます。

9. 妊孕性温存療法

がんに対する手術療法や抗がん剤治療、放射線治療によって、妊娠するための能力(妊孕能)が低下・廃絶することがあります。妊孕能を温存するために、治療開始前または治療中にそれぞれの背景に応じ胚(受精卵)凍結・卵子凍結・精子凍結・卵巣組織凍結を行っています。(→がん妊孕のタブへジャンプ)また、がんに限らず子宮や卵巣に疾患をもっている場合に、手術による卵巣へのダメージが大きいと判断した場合に、採卵を先に行って胚を凍結保存し、手術後の経過が落ち着いたところで移植を行います。

10. 診療実績

  2017年 2018年 2019年 2020年 2021年 2022年
採卵周期数 293 277 303 311 269 233
胚移植周期数 159 177 214 217 247 203
妊娠数 61 73 86 79 102 86
妊娠率 38.4% 41.2% 40.2% 36.4% 41.3% 42.4%
がん妊孕採卵周期数 17 10 8 14 5 8
妊孕性温存精子凍結回数 16 19 19 16 18 15
卵巣組織凍結 2 6 5 5 3 3